受賞作ドットジェイピー

大奥

大奥 18画像
大奥 18
(ISBN: 9784592162780)
¥748
在庫あり
白泉社

受賞一覧

2011

第56回小学館漫画賞

2010

第19回ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞

2009

第13回手塚治虫文化賞

2008

第1回マンガ大賞

2006

第5回センス・オブ・ジェンダー賞

第10回文化庁メディア芸術祭

Wikipedia情報

大奥(おおおく)は、江戸城に存在した将軍家の子女や正室、奥女中(御殿女中)たちの居所。あるいは、江戸時代の大大名家の奥向の別称でもある。本稿では、江戸城大奥について述べる。 沿革 初代将軍・徳川家康の時代から、江戸城に「大奥」と呼ばれる区画は存在していた。しかし当時は、政治を行う場である「表」と、城主とその家族の私的な生活の場である「奥」の境界が存在していなかった。この境界が江戸城に現れたのは、元和4年(1618年)に2代将軍・徳川秀忠が「壁書」を制定した時である。以後、本丸は幕府政庁の「表」、将軍が政務を執る「中奥(奥)」、将軍の私邸「大奥」に区分された。3代将軍徳川家光乳母・春日局によって組織的な整備がなされていき、こうして現在知られる形の大奥に整えられていった。 大奥の終焉 慶応4年(1868年)4月に江戸城の明け渡しが決定し、大奥は終焉を迎える。同年4月9日(旧暦)、14代将軍徳川家茂正室・静寛院宮と同生母・実成院は清水邸へ、翌10日には、13代将軍徳川家定正室・天璋院と同生母本寿院が一橋邸へ引き移った。